祖母の葬儀を終えて旭川から札幌に戻って参りました。
葬儀前に、「周りの方々もお亡くなりになられた方も多いので、集まる人も少なくひっそりとした葬儀になるだろう。」と伯母がつぶやいておりましたが、ふたを開ければ、お歳を召された古くからの知人・友人の方々もわざわざ来て下さっていたり、遠く散り散りに住む親戚・孫からひ孫の果てまで、本当にたくさんの人が集まり、みんなでおばあちゃんの死を悼み、また想い出を通わす機会となりました。
特に、私たち孫は、数年ぶりになんと全員が顔を合わせる事となり、昔話から近況報告まで、話は本当に尽きませんでした。
「(久しぶりに会えたのは)おばあちゃんのお陰だねえ・・・」と、みんな最後の最後までおばあちゃんの人となりや愛情を噛み締めておりました。
小中学生の頃は、毎年遊びに訪れたおばあちゃんのお家。
今では改装され面影も無くなりましたが、昔は、障子に縁側、お勝手口、汲取式便所・・・と、囲炉裏こそありませんでしたが戦前の日本家屋そのものというお家だったんです。
今残っていれば、日本文化財クラスだったと思います。
夜、トイレに行くのが怖いくらいの雰囲気のあるお家でした(笑)
でも、そのおばあちゃんのお家に行くのが、夏休みの一番の楽しみ。
私たち兄弟にとっては、年間で指折りの一大イベントでした。
遠くに住む従兄弟が居たので、なかなか全員集まる事はありませんでしたが、一度だけ、そのおばあちゃんの家に大集合したことがあります。
私たち兄弟は、一番末っ子チームだったので、従兄弟のお兄ちゃんお姉ちゃんに、おじいちゃんのモモヒキを遊び道具に、飽きるほど遊んでもらったと言う想い出があります。
おじいちゃんに見つからないかとヒヤヒヤしながらも、楽しくて仕方なかった。
おなかがよじれるほど笑って、家中を走り回りました。
あの日の事は、今でもずっと忘れない、底抜けに楽しかったキラッキラの想い出です。
おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなってしまった今、孫たちが集まる家は無くなってしまいました。
でもそれぞれが、それぞれの場所で、それぞれの夢や目標を叶え、一生懸命生きている事を確認しあえたこと。
それこそが、幸せなんだと思います。
蝉時雨
集う子孫の足音に
笑う祖父母も
今は幻
おばあちゃん、いつかまた会える日まで・・・
私たちは私たちの人生を、精一杯生き抜きます。
だから、ほんの少しの間、さようなら。
そして本当にありがとう。
